2012年7月8日日曜日

生レバー、最小不幸社会、オーバー・コンプライアンス


嗚呼、生レバー
 生レバーがとうとう禁止となりました。私としては焼いたレバーはモソモソとした食感があまり好きではなく、生レバーの方が食べやすいと思っていた生レバー推進はだったので、今回の厚生労働省のオーバー・コンプライアンスに基づいた法令制定にはデモを主催してやろうかと考えていた次第です。時を同じくして、カリフォルニア州においても、フォアグラが禁止になっています。こちらはガチョウや鴨に対して強制的に餌を与えて太らせるという飼育方法が虐待だということです。世界の贅肉の3分の1を抱え込む米国でこのような法案が可決されるのは、非常な皮肉な結果かと。

最小不幸社会
 さて、日本の生レバーが禁止される経緯において、ブラウン管越しでも衝撃的にまで「痛さ」を感じさせ、お茶の間を震撼させた、某焼き肉屋社長の功績が大きいのかと。いくらデフレでも300円のユッケをメニューにしたらいかんやろ、と。しかし、このような特定の失敗事例に基づいて、この日本では逐次新たな規制(コンプライアンス)というものが設けられていきます。目指す社会は、どんな経営者や消費者でも、限りなくノーリスクで焼き肉を供給・消費出来るあり得ない社会なのでしょう。ですが、このオーバー・コンプライアンスにより、焼き肉という生肉をも美味しく頂くクリエーティブな生業が死んだことになります。このようなオーバー・コンプライアンスは、最近の日本電機企業がグローバルでの凋落している状況を生んでいるという話もあります。「過剰品質」、「PL法」、「個人情報保護法」等など。いつぞやの首相が目指した「最小不幸社会」というノーリスク社会。

日本のソフトウェアはレシピ作り
 日本でソフトウェアを開発するにあたり、徹底した品質管理の元に開発されています。これら旧来の品質管理では、不具合(バグ)がないよう、ソースコードよりも多くのドキュメント(設計書、テスト仕様書)が生成されます。例えば、正しい設計であるか品質測定するために、「レビュー指摘件数を〇〇件以上」という指標を与えられてプロジェクトが進みます。すると、設計書のレビューで「句読点がない」やら「ここに改行が必要」とか、ドキュメントに対するほぼなんの価値もないレビュー指摘が列挙されます。そして「レビュー指摘件数が〇〇件以上あるから、品質が保たれた」ということが当たり前のように行われている。「アホ」かと。レストランのメニュー開発で、ただひたすらレシピをレビューして、失敗するリスクがほとんどないメニュー開発してるということです。

オーバー・コンプライアンスの罠
 日本の大手IT企業に勤めているエンジニアで、ソースコードを見ないで仕事をしている人が約8割程度ではないかと。その状況でレシピ作りだけに勤しんでいても、Dropboxは生まれないんじゃないかと気づかないといけないと思うのです。日本から正しいソフトウェアでパッケージングされたヒット商品が出てこない理由は、ノーリスクでソフトウェアを開発しようっていう「最小バグ開発」が原因ではないかと(ちゃんとリスクを取って、バグが少ないのは良いことですけど)。クリエイティブにはやはりリスクを取ることが必須であると思う訳で。
 さて、この理屈で言うと、某焼き肉屋社長はクリエイティブということになります。しかし、クリエイティブな作業にはもう一つ重要なことがあります。まさに「間抜けを無力化する-Joel on Software」。能力って平等じゃないっていう事実を踏まえ、プロジェクトはマネジメントしなくてはいけないという教訓かと。